ボルンハーバーサイクルは、イオン結晶ができるまでのエネルギー変化を段階ごとに整理する考え方です。

昇華熱、解離熱、イオン化エネルギー、電子親和力、格子エネルギーといった用語が続くため、何を表しているのか混乱することもあるでしょう。

しかし、気体の原子やイオンを出発点とし、最終的に固体のイオン結晶になる道筋を追えば、各エネルギーの役割はつながって見えてきます。

この記事では、ボルンハーバーサイクルで使うエネルギーの種類と符号の考え方、計算での扱い方を順番に解説します。

ボルンハーバーサイクルの全体像

ボルンハーバーサイクルの全体像

それではまず、ボルンハーバーサイクルの全体像について解説していきます。

ヘスの法則を利用する考え方

ボルンハーバーサイクルの土台は、反応熱が経路によらず一定になるというヘスの法則です。

ある化合物ができる反応について、一度に生成させた場合の反応熱と、いくつかの段階に分けて生成させた場合のエネルギー総和は一致します。

たとえば塩化ナトリウムでは、ナトリウム金属と塩素分子から固体の塩化ナトリウムが生じる反応を考えます。

この反応を、金属原子を気体にする段階、塩素分子を原子にする段階、電子を移す段階、気体イオンから結晶をつくる段階へと分解するわけです。

直接測りにくい格子エネルギーを、測定可能な熱化学データから求められる点が、ボルンハーバーサイクルの大きな利点です。

ボルンハーバーサイクルでは、出発物質と生成物を同じに保ったまま、途中経路だけを分けて考えます。

各段階のエネルギーを符号付きで合計すると、化合物の生成エンタルピーと対応します。

イオン結晶の生成を段階化する理由

イオン結晶は、陽イオンと陰イオンが静電気的な引力で規則正しく並んだ固体です。

ナトリウムイオンと塩化物イオンのように、電荷をもつ粒子同士が強く引き合うことで安定な結晶になります。

ただし、金属原子から電子を奪うにはエネルギーが必要であり、非金属原子に電子を与えたときにはエネルギーが放出されることがあります。

さらに、元素が固体か液体か気体か、また単原子分子か二原子分子かによって、結晶形成の前に必要な操作が変わります。

そのため、一つの反応熱だけを見るのではなく、原子化、イオン化、電子受容、結晶化という順番で分けると理解しやすくなります。

代表例で見るエネルギーの流れ

塩化ナトリウムの生成では、ナトリウム固体を気体のナトリウム原子にし、塩素分子を気体の塩素原子に分けます。

次にナトリウム原子から電子を一つ取り去り、ナトリウムイオンをつくります。

塩素原子はその電子を受け取り、塩化物イオンになります。

最後に、気体状態のナトリウムイオンと塩化物イオンが集まり、塩化ナトリウムの結晶を形成します。

段階 粒子の変化 主なエネルギー 一般的な傾向
原子化 元素を気体原子にする 昇華熱、原子化エンタルピー 吸熱
結合の切断 分子を原子に分ける 解離熱 吸熱
陽イオン化 原子から電子を除く イオン化エネルギー 吸熱
陰イオン化 原子が電子を受け取る 電子親和力 放熱として扱う場合が多い
結晶化 気体イオンから固体をつくる 格子エネルギー 放熱

昇華熱と原子化エンタルピー

続いては、昇華熱と原子化エンタルピーを確認していきます。

昇華熱が表す状態変化

昇華熱は、固体を気体へ直接変化させるときに必要なエネルギーです。

ボルンハーバーサイクルでは、金属元素が固体で存在している場合に重要になります。

たとえばナトリウム固体を、互いに離れた気体のナトリウム原子へ変えるためには、金属結合を弱めて粒子を引き離さなければなりません。

この操作には外部からエネルギーを与えるため、通常は正の値として扱います。

固体の金属をそのままイオンにするのではなく、まず気体原子にするという点を押さえると、式の意味を追いやすくなります。

原子化エンタルピーとの違い

原子化エンタルピーは、元素の標準状態から気体の原子を一モルつくるためのエンタルピー変化です。

単原子金属の固体では、昇華熱と原子化エンタルピーが同じ意味で使われることがあります。

一方で、酸素や塩素のような二原子分子では、気体分子を原子に分ける操作が必要です。

この場合は分子の結合を切る解離熱が関わるため、昇華熱だけでは説明できません。

用語が似ていても、対象が固体の状態変化なのか、標準状態からの気体原子生成なのかを区別することが大切です。

係数を付ける場面

化学反応式の係数に合わせて、昇華熱や原子化エンタルピーにも係数を掛けます。

たとえば塩素分子一モルから塩素原子二モルが生じるため、塩化ナトリウム一モルに必要な塩素原子一モルを得るには、塩素分子の解離熱の半分を用います。

反対に、化学式中に金属原子が二個含まれる化合物なら、金属の原子化に関する項は二倍になります。

一般的な表し方は、金属固体 M が気体原子 M に変わる変化です。

M 固体 から M 気体へのエンタルピー変化を、金属の昇華熱または原子化エンタルピーとして加えます。

解離熱と結合を切るエネルギー

続いては、解離熱と結合を切るエネルギーを確認していきます。

二原子分子の解離

解離熱は、分子中の結合を切って原子や原子団に分けるために必要なエネルギーです。

ボルンハーバーサイクルでは、ハロゲン元素のような二原子分子を扱うときによく登場します。

塩素は標準状態で Cl₂ という分子として存在するため、塩化物イオンになる前に塩素原子 Cl をつくる必要があります。

Cl₂ の共有結合を切る操作は吸熱であり、必要なエネルギーが解離熱です。

解離熱は分子一モルを完全に切断する値として与えられることが多く、反応式との係数調整が欠かせません。

半分の解離熱を使う理由

塩化ナトリウム一モルをつくるには、塩素原子が一モル必要です。

ところが塩素分子一モルを切断すると、塩素原子は二モル生まれます。

そのため、Cl₂ 一モルの解離熱をそのまま使うと、必要な塩素原子の量を二倍に見積もってしまいます。

このケースでは、解離熱の二分の一をエネルギー式に入れます。

元素の添字や反応式の係数を確認してから計算を始める習慣が、計算ミスの予防につながるでしょう。

平均結合エネルギーとの関係

結合エネルギーは、共有結合を切るためのエネルギーを示す用語です。

多原子分子では、同じ種類の結合でも分子環境によって値が変わるため、平均結合エネルギーが使われることがあります。

一方、ボルンハーバーサイクルの基本問題では、特定の分子について測定された解離エンタルピーが与えられる場合が一般的です。

平均値なのか特定反応の値なのかで精度が変わるため、問題文のデータの名称を丁寧に読み分けてください。

解離熱は結合を切るための吸熱項です。

二原子分子 X₂ から原子 X を一モルだけ得るなら、式には二分の一の解離熱を入れます。

イオン化エネルギーと電子親和力

続いては、イオン化エネルギーと電子親和力を確認していきます。

イオン化エネルギーの意味

イオン化エネルギーは、気体状態の原子またはイオンから電子を一個取り去るために必要なエネルギーです。

ナトリウム原子から電子を取り去ってナトリウムイオンにする変化は、Na 気体から Na プラス 気体への変化として表せます。

電子を原子核の引力から引き離すため、第一イオン化エネルギーは正の値となる吸熱過程です。

マグネシウムのように二価の陽イオンをつくる場合は、第一イオン化エネルギーに加え、第二イオン化エネルギーも必要です。

多価陽イオンでは必要なイオン化エネルギーを順番にすべて足すことが、計算上の重要な約束です。

電子親和力の意味

電子親和力は、気体状態の原子が電子を受け取って陰イオンになるときのエネルギー変化に関する量です。

塩素原子が電子を受け取り塩化物イオンになる変化では、一般にエネルギーが放出されます。

ただし教科書や資料によって、電子親和力を放出エネルギーの大きさとして正で表す場合と、エンタルピー変化として負で表す場合があります。

この表記の違いは混乱しやすい部分です。

計算では、問題で与えられた電子親和力が正負どちらの約束による値かを必ず確認してください。

第二電子親和力に注意する場面

酸素原子が電子を一個受け取り酸化物イオンになる過程では、二個目の電子を受け取る段階を考える必要があります。

すでに負の電荷をもつ陰イオンに、さらに電子を近づけるため、電子同士の反発を乗り越えるエネルギーが必要になります。

そのため第二電子親和力は吸熱となることが多く、単純に一回目と同じような放熱過程とは考えられません。

酸化マグネシウムなどのサイクルでは、陽イオン側の二段階のイオン化と、陰イオン側の二段階の電子受容を区別する必要があります。

エネルギーの名称 代表的な変化 エネルギー収支 計算時の注意点
第一イオン化エネルギー M 気体から M プラス 気体 吸熱 一価陽イオンで使用
第二イオン化エネルギー M プラス 気体から M 二プラス 気体 吸熱 二価陽イオンで追加
第一電子親和力 X 気体から X マイナス 気体 放熱の場合が多い 符号の定義を確認
第二電子親和力 X マイナス 気体から X 二マイナス 気体 吸熱になりやすい 反発によるエネルギーを考慮

格子エネルギーと結晶の安定性

続いては、格子エネルギーと結晶の安定性を確認していきます。

格子エネルギーの二つの定義

格子エネルギーには、資料によって二通りの定義があります。

一つは、気体イオンから一モルのイオン結晶が生成するときに放出されるエネルギーです。

もう一つは、固体のイオン結晶を気体イオンへ完全に分離するために必要なエネルギーです。

両者は向きが逆であるため、絶対値は同じでも符号が反対になります。

格子エネルギーの数値だけでなく、結晶生成か結晶分解かという定義を確認することが最優先です。

格子エネルギーが大きくなる条件

陽イオンと陰イオンの電荷が大きいほど、静電気的な引力は強くなります。

また、イオン半径が小さく、両イオンの中心間距離が短いほど引力は大きくなります。

たとえば一価イオンからなる塩化ナトリウムより、二価イオンからなる酸化マグネシウムのほうが格子エネルギーの絶対値は大きくなりやすい傾向です。

これはクーロンの法則で説明できます。

格子エネルギーの大きさは、おおむねイオン電荷の積に比例し、イオン間距離に反比例する関係で考えられます。

電荷が大きく半径が小さい組み合わせほど、結晶は強く安定化しやすいといえます。

生成エンタルピーとの違い

生成エンタルピーは、元素の標準状態から化合物一モルが生成するときの全体のエンタルピー変化です。

格子エネルギーは、そのうち気体イオンが固体結晶になる一段階だけを表します。

したがって、格子エネルギーが非常に大きくても、原子化やイオン化に必要な吸熱が大きければ、全体の生成エンタルピーは別の値になります。

それでも格子形成で大きなエネルギーが放出されることが、イオン結晶が成立する重要な理由です。

格子エネルギーはイオン結晶の安定性を示す中心的な量です。

ただし、化合物ができるかどうかは格子エネルギーだけでなく、原子化やイオン化を含む全段階の収支で判断します。

計算式の立て方と符号の確認

続いては、計算式の立て方と符号の確認をしていきます。

塩化ナトリウムの基本式

塩化ナトリウムの生成エンタルピーを ΔHf とし、格子形成時のエンタルピー変化を ΔHlattice とします。

ナトリウムの昇華熱を ΔHsub、塩素分子の解離熱を D、ナトリウムの第一イオン化エネルギーを IE、塩素の電子親和に伴うエンタルピー変化を ΔHEA と置きます。

電子親和力をエンタルピー変化として負の値で用いる場合、全体の関係は次のように整理できます。

ΔHf = ΔHsub + 二分の一 D + IE + ΔHEA + ΔHlattice

未知の格子形成エンタルピーは、既知の項を移項して求めます。

もし格子エネルギーを結晶を分離するのに必要な正のエネルギーとして定義するなら、最後の項の符号は逆になります。

式を暗記するより、各段階の反応を書き出して矢印の向きを確認するほうが確実でしょう。

酸化マグネシウムで増える項目

酸化マグネシウムでは、マグネシウムが二価の陽イオンになり、酸素が二価の陰イオンになります。

そのため、マグネシウムでは第一イオン化エネルギーと第二イオン化エネルギーを加えます。

酸素については、酸素分子を原子へ分ける解離熱の半分に加え、第一電子親和力と第二電子親和力の両方が関係します。

第二電子親和力は吸熱項になるため、見落とすと計算結果が大きくずれます。

化学式の電荷を見れば、何回電子を取り去り、何回電子を受け取るかを判断できます。

よくある計算ミス

代表的なミスは、解離熱を二分の一にし忘れることです。

電子親和力の符号を、問題文の定義と逆に扱うミスもよく見られます。

さらに、多価イオンの第二イオン化エネルギーや第二電子親和力を入れ忘れると、サイクルが完成しません。

単位についても、キロジュール毎モルで統一されているかを確認してください。

最後に求めた値が、結晶生成の放熱量なのか、結晶分解の吸熱量なのかまで言葉で確かめると、符号の誤りを見つけやすくなります。

確認項目 見るべき内容 誤りやすい点
物質量 反応式の係数と一モル基準 解離熱の二分の一
電荷 陽イオンと陰イオンの価数 二段階目以降の項の不足
符号 吸熱と放熱の向き 電子親和力と格子エネルギー
単位 すべて同じエネルギー単位か 単位換算の忘れ
定義 格子生成か格子分解か 絶対値のみで判断すること

ボルンハーバーサイクルで使うエネルギーのまとめ

ボルンハーバーサイクルでは、イオン結晶ができるまでのエネルギー変化を複数の段階に分けて扱います。

金属を気体原子にする昇華熱または原子化エンタルピー、分子を原子へ分ける解離熱、電子を取り去るイオン化エネルギー、電子を受け取る電子親和力、そして結晶をつくる格子エネルギーが主な項目です。

それぞれの項目は単独で覚えるより、気体原子から気体イオンを経て固体結晶へ至る流れの中で理解することが重要です。

特に注意したいのは、二原子分子では解離熱の二分の一を使う場合があること、多価イオンでは複数回の電子移動を考えること、電子親和力と格子エネルギーの符号の定義が資料ごとに異なることです。

反応を段階ごとに書き、各段階が吸熱か放熱かを確認すれば、複雑に見える計算でも整理しやすくなります。

ヘスの法則を活用してエネルギー収支を一つずつ積み上げることが、ボルンハーバーサイクルを正確に使いこなす近道でしょう。

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