永久磁石を語るうえで欠かせない特性のひとつが残留磁束密度(Br:Residual Flux Density)です。
残留磁束密度とは、磁石に強い磁場を加えて完全に磁化した後、外部磁場をゼロに戻したときに磁石の中に残る磁束密度のことです。
「なぜ磁石は磁場を取り除いても磁気を保持できるのか」「残留磁束密度と保磁力の関係はどうなっているか」「ヒステリシス曲線の読み方がわからない」という疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
この記事では、残留磁束密度の定義・物理的意味・ヒステリシス曲線との関係・測定方法・保磁力との関連・主要永久磁石材料の特性まで、詳しく解説いたします。
モーター設計・スピーカー製造・MRI機器など、磁石を活用する幅広い分野で役立つ内容です。
目次
残留磁束密度の結論:外部磁場ゼロで残る磁化の強さ
それではまず、残留磁束密度の結論について解説していきます。
残留磁束密度Brは、磁石が保有できる磁気の強さを示す最も基本的な特性値のひとつです。
Brが大きいほど、強力な永久磁石であることを意味します。
残留磁束密度の基本
残留磁束密度Br:外部磁場をゼロにしたときに残る磁束密度(T:テスラ)
ヒステリシス曲線のB軸(縦軸)との交点の値
Brが大きい→強い永久磁石
Brが小さい→弱い永久磁石・軟磁性材料
代表的な永久磁石の残留磁束密度は以下の通りです。
| 磁石材料 | 残留磁束密度Br(T) | 主な用途 |
|---|---|---|
| ネオジム磁石(NdFeB) | 1.0~1.4 | モーター・スピーカー・MRI |
| サマリウムコバルト(SmCo) | 0.8~1.1 | 高温用途・航空宇宙 |
| アルニコ(AlNiCo) | 0.7~1.2 | センサー・計測器 |
| フェライト磁石 | 0.2~0.4 | スピーカー・冷蔵庫マグネット |
ネオジム磁石(NdFeB)が最も高い残留磁束密度を持ち、現代の産業用途で広く使われています。
フェライト磁石は残留磁束密度は低いものの、安価で耐腐食性に優れるため、コスト重視の用途に使用されます。
ヒステリシス曲線と残留磁束密度
続いては、ヒステリシス曲線と残留磁束密度の関係について確認していきます。
ヒステリシス曲線(B-H曲線)は磁性材料の磁気特性を表すグラフであり、残留磁束密度はその上で明確に定義されます。
B-H曲線(磁化曲線)の基本
B-H曲線は、横軸に外部磁場H(A/m)、縦軸に磁束密度B(T)をとったグラフです。
初期状態(磁化ゼロ)の磁性体に外部磁場Hを徐々に増加させると、Bも増加します(初磁化曲線)。
Hを飽和点(磁気飽和)まで増やした後に減少させると、BはHの減少に追随せず遅れて変化します(ヒステリシス)。
Hをゼロに戻したとき、Bがゼロにならず残る値が残留磁束密度Brです。
このヒステリシス(履歴特性)が永久磁石の磁気保持能力の根本原因です。
ヒステリシスループの重要パラメータ
B-H曲線の主要パラメータ
残留磁束密度Br:H=0のときのBの値(縦軸との交点)
保磁力Hc:B=0となるHの値(横軸との交点)
最大エネルギー積(BH)max:B×Hの最大値(磁石の性能指数)
飽和磁束密度Bs:Hを非常に大きくしたときのBの上限値
残留磁束密度Brと保磁力Hcの両方が大きいほど、高性能な永久磁石といえます。
最大エネルギー積(BH)maxは磁石の仕事能力を表す総合指標であり、値が大きいほど同じ体積でより強力な磁場を発生できます。
軟磁性材料と硬磁性材料のヒステリシス曲線の違い
磁性材料は磁気特性によって軟磁性材料と硬磁性材料に大別されます。
軟磁性材料(電磁軟鉄・シリコン鋼板など)は、ヒステリシスループが細く、残留磁束密度・保磁力が小さいのが特徴です。
これは磁化・脱磁が容易であることを意味し、トランスや電磁石の鉄心に適しています。
硬磁性材料(ネオジム磁石・フェライト磁石など)は、ヒステリシスループが広く、残留磁束密度・保磁力が大きいのが特徴です。
これが永久磁石として機能するための必要条件です。
残留磁束密度の測定方法
続いては、残留磁束密度の測定方法について確認していきます。
残留磁束密度の正確な測定には専用の測定装置と適切な手順が必要です。
磁束計(フラックスメーター)を用いた測定
最も一般的な測定方法は、磁束計(フラックスメーター)とサーチコイルを組み合わせた手法です。
サーチコイルを磁石の表面に密着させ、磁石を急速に取り外すか反転させることで、コイルを貫く磁束の変化に比例した起電力が生じます。
この起電力を積分することで磁束φが求まり、サーチコイルの面積S(m²)で割ることで磁束密度B=φ/Sが得られます。
ガウスメーター(磁束密度計)を用いた測定
ホール素子を利用したガウスメーター(テスラメーター)を用いると、磁石表面の磁束密度を直接測定できます。
ホール素子は磁場中に置かれた半導体に電流を流すとローレンツ力によりホール電圧が発生する素子であり、磁束密度に比例した電圧出力が得られます。
ガウスメーターは非接触で迅速に測定できる反面、磁石の形状や端部効果(漏れ磁束)の影響を受けやすいという特徴があります。
BHアナライザー(磁気特性測定装置)を用いた測定
B-H曲線全体(ヒステリシスループ)を測定するには、BHアナライザーを使用します。
BHアナライザーは磁性試料をコイルで巻いたコア状に加工し、励磁コイルで変化する磁場Hを印加しながら磁束密度Bを計測します。
自動でB-H曲線を描画し、Br・Hc・(BH)maxなどの特性値を自動算出できます。
この測定では試料を規定の形状(リング状・柱状)に加工する必要があり、試料調製に手間がかかります。
パルスマグネタイザーによる完全磁化処理
残留磁束密度を正確に測定するためには、まず試料を磁気的に完全に飽和させる必要があります。
パルスマグネタイザーは短時間に非常に強い磁場(数テスラ以上)を発生させ、試料を磁気飽和状態まで磁化します。
不十分な磁化では見かけの残留磁束密度が本来の値より低くなるため、事前の完全磁化は正確な測定の前提条件です。
保磁力と残留磁束密度の関係
続いては、保磁力と残留磁束密度の関係について確認していきます。
残留磁束密度Brと保磁力Hcは永久磁石の二大特性であり、密接な関係を持ちます。
保磁力(Hc)とは
保磁力Hcとは、残留磁化された磁石のBをゼロに戻すために必要な逆方向の磁場の強さです。
B-H曲線では横軸(H軸)との交点がHcを表します。
保磁力が大きいほど、外部からの逆磁場に対して磁化が失われにくい、つまり消磁されにくい磁石です。
永久磁石の用途では高い保磁力が求められ、スピーカー・モーターなど強い逆磁場にさらされる用途では特に重要な特性です。
減磁曲線(第二象限のB-H曲線)
永久磁石の実際の動作状態を表すのが、B-H曲線の第二象限(Hが負・Bが正の領域)にある減磁曲線です。
減磁曲線は、残留磁束密度Br(H=0のとき)から始まり、外部の逆磁場が強くなるにつれてBが減少し、最終的に保磁力Hcでゼロになります。
磁石の動作点(実際の使用状態での磁束密度と磁場の組み合わせ)はこの曲線上に乗ります。
最大エネルギー積(BH)maxは減磁曲線上でB×Hが最大となる点であり、磁石の性能を一つの数値で表す指標です。
温度による残留磁束密度の変化
残留磁束密度は温度に依存して変化します。
一般に温度が上昇すると残留磁束密度は減少し、保磁力も低下します。
キュリー温度(Tc)を超えると磁性が完全に失われ、強磁性から常磁性への転移が起きます。
| 磁石材料 | キュリー温度(℃) | 最高使用温度(℃) |
|---|---|---|
| ネオジム磁石 | 約310 | 約80~200(グレードにより異なる) |
| サマリウムコバルト | 約700~800 | 約250~350 |
| フェライト磁石 | 約450 | 約250 |
| アルニコ磁石 | 約860 | 約450 |
サマリウムコバルト磁石はキュリー温度が高く、高温環境下でも安定した残留磁束密度を維持できます。
ネオジム磁石は常温での性能は最高ですが、高温特性はサマリウムコバルトに劣ります。
残留磁束密度の応用:モーター・スピーカー・MRI
続いては、残留磁束密度の実際の応用について確認していきます。
高い残留磁束密度を持つ永久磁石は、現代の電気機器や医療機器に欠かせない材料です。
永久磁石モーターへの応用
電気自動車(EV)や産業用サーボモーターでは、ロータ(回転子)に高Brのネオジム磁石が使用されています。
モーターのトルクは磁束密度に比例するため、残留磁束密度が高いほど小型でも高トルクのモーターが実現できます。
テスラやトヨタのプリウスなどのEVモーターにはネオジム磁石が多用されており、高いBrが電動車の走行性能に直結しています。
一方、エンジンルームなどの高温環境では耐熱グレードのネオジム磁石やサマリウムコバルト磁石が選定されます。
スピーカー・マイクへの応用
スピーカーのダイナミック型ドライバーでは、磁気回路に永久磁石を使用し、ボイスコイルに交流電流を流すことで振動板を動かします。
磁気回路のギャップ部分の磁束密度(=残留磁束密度に依存)が高いほど、同じ電流で大きな力が生まれ、高感度・高品質な音響特性が得られます。
ハイエンドスピーカーにはネオジム磁石が使われ、コンパクトかつ高出力な設計が可能になっています。
MRI(核磁気共鳴画像法)への応用
MRI装置では強力な静磁場(0.2T~3T以上)が必要ですが、オープン型MRIには永久磁石方式も使用されています。
永久磁石型MRIではサマリウムコバルトやネオジム磁石が使われ、残留磁束密度の均一性が画像品質を決定します。
超伝導MRIの方が主流ですが、永久磁石型は設置場所の自由度が高く、クリニック向けのコンパクトMRIとして需要があります。
まとめ
この記事では、残留磁束密度Brについて、定義・ヒステリシス曲線との関係・測定方法・保磁力との関連・温度依存性・モーター・スピーカー・MRIへの応用まで詳しく解説いたしました。
残留磁束密度は永久磁石の性能を表す最も重要な特性値のひとつであり、B-H曲線(ヒステリシスループ)のB軸切片として定義されます。
残留磁束密度Brと保磁力Hcの両方を高めることが高性能永久磁石の目標であり、最大エネルギー積(BH)maxという指標でその総合性能が評価されます。
ネオジム磁石・サマリウムコバルト磁石・フェライト磁石・アルニコ磁石はそれぞれ異なる特性を持ち、使用温度・コスト・強度などに応じて選択されます。
永久磁石の磁気特性を正確に理解することは、電気機器・医療機器・産業機器の高性能化に直結する重要な知識といえるでしょう。