ベクトルの大きさ(長さ・ノルム)を求める方法として、最も基本的なのは「成分の2乗和の平方根」という公式です。

しかし、ベクトルの成分が直接与えられていない場合でも、内積・ピタゴラスの定理・ベクトルの演算を組み合わせることでベクトルの大きさを求めることができます。

本記事では、成分なしでベクトルの大きさを求める様々な方法・内積との関係・具体的な計算手順・ピタゴラスの定理との繋がり・各公式の使い分けまで詳しく解説していきます。

ベクトルの大きさとは?定義と基本公式をひとことで言えば

それではまず、ベクトルの大きさ(ノルム)の定義と成分を使う基本公式から解説していきます。

ベクトルの大きさ(Length / Magnitude / Norm)とは、ベクトルが表す「矢印の長さ」であり、始点から終点までの距離のことです。

記号では |a|(絶対値記号)または ‖a‖(二重縦棒)で表します。

成分による大きさの公式(基本)

ベクトルの大きさの成分公式

2次元:a = (a₁, a₂) のとき |a| = √(a₁² + a₂²)

3次元:a = (a₁, a₂, a₃) のとき |a| = √(a₁² + a₂² + a₃²)

n次元:a = (a₁, a₂, …, aₙ) のとき |a| = √(a₁² + a₂² + … + aₙ²)

これはピタゴラスの定理の多次元拡張そのもの。

内積によるベクトルの大きさの表現

ベクトルの大きさは「自分自身との内積の平方根」として表現できます。

内積によるベクトルの大きさの表現

|a|² = a・a(自分自身との内積)

|a| = √(a・a)

内積の定義:a・b = a₁b₁ + a₂b₂ + … + aₙbₙ(成分表示)

または a・b = |a||b|cosθ(角度表示)

→ a・a = |a||a|cos0° = |a|² ✓(自分自身とのなす角は0°)

この「|a|² = a・a」という関係が、成分なしでベクトルの大きさを求めるための出発点になります。

単位ベクトルとノルムの正規化

ベクトルの大きさが1のものを「単位ベクトル」と呼び、任意のベクトルを自身の大きさで割ることで単位ベクトルが得られます。

â = a / |a|(aの方向の単位ベクトル)

単位ベクトルの大きさは定義から |â| = 1 となります。

成分なしでベクトルの大きさを求める方法

続いては、ベクトルの成分が直接与えられていない状況でベクトルの大きさを求める具体的な方法について確認していきます。

この方法は高校数学・大学の線形代数の問題で頻繁に登場します。

方法1:既知の大きさと内積から差・和ベクトルの大きさを求める

「|a|・|b|・a・bの内積値」が与えられているとき、|a + b| や |a − b| を成分なしで求められます。

和・差ベクトルの大きさの公式(最重要)

|a + b|² = (a + b)・(a + b)

= a・a + 2a・b + b・b

= |a|² + 2(a・b) + |b|²

|a − b|² = (a − b)・(a − b)

= a・a − 2a・b + b・b

= |a|² − 2(a・b) + |b|²

【具体例】|a| = 3、|b| = 4、a・b = 6 のとき

|a + b|² = 9 + 12 + 16 = 37 → |a + b| = √37

|a − b|² = 9 − 12 + 16 = 13 → |a − b| = √13

この公式は成分を使わずに大きさを求める際の最も基本的なアプローチです。

方法2:なす角から内積を経由して大きさを求める

2つのベクトルの大きさと「なす角θ」が与えられているとき、内積 a・b = |a||b|cosθ を経由して様々なベクトルの大きさが求められます。

なす角から内積を経由した計算例

|a| = 2、|b| = 3、aとbのなす角θ = 60° のとき |a + b| を求める。

a・b = |a||b|cosθ = 2 × 3 × cos60° = 6 × (1/2) = 3

|a + b|² = |a|² + 2(a・b) + |b|²

= 4 + 6 + 9 = 19

|a + b| = √19

「大きさ・なす角 → 内積 → 和・差ベクトルの大きさ」という計算の流れが成分なしの方法の典型的なパターンです。

方法3:ピタゴラスの定理を使う(直交ベクトルの場合)

2つのベクトルが直交(なす角90°)している場合は、内積 a・b = 0 が成立するため計算が特に簡単になります。

直交ベクトルの場合の和・差の大きさ

a ⊥ b(aとbが直交)⟺ a・b = 0 のとき:

|a + b|² = |a|² + |b|²(ピタゴラスの定理)

|a − b|² = |a|² + |b|²(引き算も同じ)

→ |a + b| = |a − b| = √(|a|² + |b|²)

直交する場合、和ベクトルと差ベクトルの大きさは等しい(方向だけ違う)。

これはまさに直角三角形の斜辺の長さ = √(縦² + 横²) という関係。

ベクトルの直交条件 a・b = 0 とピタゴラスの定理の繋がりが明確に見えます。

ベクトルの大きさに関する重要な不等式と性質

続いては、ベクトルの大きさに関する重要な不等式と性質について確認していきます。

これらは証明問題・応用問題でよく使われる道具です。

コーシー・シュワルツの不等式

ベクトルの大きさと内積の間の最も重要な不等式が「コーシー・シュワルツの不等式(Cauchy-Schwarz Inequality)」です。

コーシー・シュワルツの不等式

任意のベクトルa, bに対して:

|a・b| ≤ |a||b|

等号成立条件:aとbが平行(一方が他方のスカラー倍)のとき

証明のアイデア:

任意の実数tに対して |a + tb|² ≥ 0 を展開すると

|b|²t² + 2(a・b)t + |a|² ≥ 0(tの二次不等式)

この二次式の判別式 D = 4(a・b)² − 4|a|²|b|² ≤ 0 より

(a・b)² ≤ |a|²|b|² すなわち |a・b| ≤ |a||b|

応用:cosθ = a・b / (|a||b|) において |cosθ| ≤ 1 が保証される(角度の定義が矛盾しない)

三角不等式

ベクトルの大きさに関するもう一つの重要な不等式が「三角不等式(Triangle Inequality)」です。

三角不等式

任意のベクトルa, bに対して:

|a + b| ≤ |a| + |b|

等号成立条件:aとbが同じ向きの場合(b = αa、α ≥ 0)

幾何学的意味:三角形の2辺の長さの和は残りの1辺の長さ以上(三角形の成立条件)

証明:|a + b|² = |a|² + 2a・b + |b|² ≤ |a|² + 2|a||b| + |b|² = (|a| + |b|)²

(コーシー・シュワルツの不等式 a・b ≤ |a||b| を使った)

平行四辺形の恒等式

和ベクトルと差ベクトルの大きさの間には美しい恒等式があります。

平行四辺形の恒等式(中線定理)

|a + b|² + |a − b|² = 2(|a|² + |b|²)

証明:左辺 = (|a|² + 2a・b + |b|²) + (|a|² − 2a・b + |b|²) = 2|a|² + 2|b|²

幾何学的意味:平行四辺形の2本の対角線の長さの2乗の和は、4辺の長さの2乗の和に等しい。

内積空間の特徴:この恒等式が成立することが「内積から導かれたノルム」の特徴的性質。

ベクトルの大きさを求める問題の解法パターン

続いては、試験や実務でよく出る「ベクトルの大きさを求める問題」の代表的な解法パターンをまとめて確認していきます。

パターン1:大きさと内積が与えられた場合

「|a| = m、|b| = n、a・b = k」という情報から |αa + βb| を求めるパターンが最もよく出ます。

パターン1の解法

|αa + βb|² = (αa + βb)・(αa + βb)

= α²(a・a) + 2αβ(a・b) + β²(b・b)

= α²|a|² + 2αβ(a・b) + β²|b|²

= α²m² + 2αβk + β²n²

あとは平方根をとれば |αa + βb| が求まる。

例:|a| = 2、|b| = 3、a・b = −1 のとき |2a − b| を求める。

|2a − b|² = 4|a|² − 4(a・b) + |b|² = 4×4 − 4×(−1) + 9 = 16 + 4 + 9 = 29

|2a − b| = √29

パターン2:なす角が与えられた場合

「|a| = m、|b| = n、なす角θ」という情報からまず a・b = mn cosθ を計算し、パターン1に帰着させます。

なす角θ cosθの値 内積 a・b = |a||b|cosθ
1 |a||b|(最大値)
30° √3/2 (√3/2)|a||b|
45° √2/2 = 1/√2 (1/√2)|a||b|
60° 1/2 (1/2)|a||b|
90° 0 0(直交)
120° −1/2 −(1/2)|a||b|
180° −1 −|a||b|(最小値)

パターン3:単位ベクトルの和・差の大きさ

単位ベクトル(大きさ1)の和・差の大きさは特によく問われる問題です。

単位ベクトルの和・差の大きさ

|a| = |b| = 1(単位ベクトル)、なす角θ のとき:

|a + b|² = 1 + 2cosθ + 1 = 2 + 2cosθ = 2(1 + cosθ) = 4cos²(θ/2)

|a + b| = 2|cos(θ/2)|

|a − b|² = 1 − 2cosθ + 1 = 2(1 − cosθ) = 4sin²(θ/2)

|a − b| = 2|sin(θ/2)|

(半角の公式 1 + cosθ = 2cos²(θ/2)、1 − cosθ = 2sin²(θ/2) を使用)

例:θ = 60° のとき |a + b| = 2cos30° = √3、|a − b| = 2sin30° = 1

まとめ

本記事では、ベクトルの大きさの定義・内積による表現・成分なしで大きさを求める3つの方法(内積計算・なす角からの計算・直交ベクトルでのピタゴラス定理)・コーシー・シュワルツの不等式・三角不等式・平行四辺形の恒等式・代表的な問題パターンまで幅広く解説してきました。

成分なしでベクトルの大きさを求める核心は「|αa + βb|² = α²|a|² + 2αβ(a・b) + β²|b|²」という展開公式にあり、既知の|a|・|b|・a・bから様々なベクトルの大きさが計算できます。

コーシー・シュワルツの不等式・三角不等式・平行四辺形の恒等式というベクトルの大きさに関する基本的な関係式を身につけることで、証明問題・評価問題にも対応できる力が養われるでしょう。

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